山吹色のゴールドに翻弄された時代と人。「金」にまつわる話題は尽きず…
金目鯛
『伝説の相場師』、勝ちへつなげる思考パターン(3)
慈雲斉 (牛田権三郎)
60年にわたる実戦から編み出した
『三猿金銭秘録』『相場歌ごよみ』の教え
投資の初心者にとってもっとも参考になる投資指南書を上げろ、と言われたら、迷わずお薦めしたいのが『三猿金泉秘録』と題する、宝歴5年(1775年)に書かれた一冊です。
伊勢の「牛田権三郎(うしだ・ごんざぶろう)」、自ら筆名を「慈雲斉(じうんさい)」と名乗る米相場師が書いた、“相場秘伝書”というべきものです。
慈雲斉・牛田権三郎は、その正体、経歴など、実はまったく不明で、今日に至っても、なんら詳しく伝えられていません。
しかし、大阪・堂島米相場で60年以上も実戦を積んでいた人物であり、その相場観、実戦での強さは伝説のように現在まで伝わっているのです。
謎の生涯、米相場の究道者……
「三匹の猿」が教えるモノ
『三猿金泉秘録』の冒頭の自叙伝の中には、
「予、壮年の頃より米商いに心を寄せ、昼夜工夫をこらして約六十年の月日を送り、漸次、米相場に悟りを開きて、米商いの定法を立て、一巻の秘伝書を書き連ね、名付けてこれを“三猿金泉録”という」とあります。
おそらく慈雲斉は、老年まで長年、米相場の研究に没頭した上で、ようやく相場の有為変転に悟りを開き、米相場に対処する理論と具体的な定法を立てて、「この書を、家伝の宝ともすべきものとしたのである」
と言っているのでしょう。
相場における「三猿」の意味とは?
この書の題名である三猿とは、「見ざる、聞かざる、言わざる」の、三匹の猿のことです。
「三猿とは、すなわち、見猿、間猿、言猿の三(みつ)なり。
目に強変を見て、心に強変の淵に沈むことなかれ。ただ心に売りを含むべし。
耳に弱変を聞きて、心に弱変の淵に沈ことなかれ。ただ心に買いを含むべし。
強弱変を見聞くとも、人に話ることなかれ。言えば人の心を迷わす。
これ三猿の秘密なり」
教えているのは、相場が上がり、人気が強くなるさまを至るところで目にしても、すぐにその動きに同調してはならない。むしろ売る時期を考えるべきである。
反対に相場が下がって、人がみな気が弱くなるさまも耳にしても、心底から弱くなってはならぬ。逆に買い場を狙うべきである。
相場の強弱について他人に語ってはならない。他人を迷わすだけだから。
ということなのです。これが三猿の秘訣である、と言っていいでしょう。
「秘録」と名付けられているのは、地雲斉はこれを多くの人に伝えるのではなく、相場の秘伝として書き残しておきたかったからなのでしょう。
最後には「秘すべし、秘すべし」と書き記されているのです。
『三猿金泉秘録』は牛田権三郎が六十年もの歳月を費やし宝暦五年九月に脱稿した相場指南書です。昭和の時代に復刻された。
心理・需給・動き・人気・仕掛け・天候……など
「歌ごよみ」に託して、相場の極意を説く
慈雲斉の著作にはこの『三猿金泉秘録』に続いて、実践編とも言うべき、相場の動き、投資家心得などを百三十七首に及ぶ和歌に託して読んだ『相場歌ごよみ』があります。
米需給の大局、四季の移り変わり、投資家心理、人気の消長、相場高下の割合、値ざやの上下・異動などについて、細かく観察して相場騰落の予想を行い、そのほかに商い仕掛け法、売買駆け引き法、天災応用法、天候観測法といったようなものまでを『歌ごよみ』で展開しているのです。
この『歌ごよみ』は、相場に携わる多くの人達に実践的な手法と教えを示すといった、まさに至れり尽くせりの観があります。
江戸時代、天候・飢饉などで乱高下を繰り返した「堂島の米相場」
江戸時代の半ばに、堂島で米取引がスタートして以降、米の値段は、一石当たり百五十五匁(もんめ)に高騰した時もあれば、ただの二十六匁にまで暴落するという時もあって、まさに波乱の時期が続き、陰陽相場を織りなすような動きであったのです。
そのような時に、慈雲斉の詠んだ「相場歌ごよみ」が歌われていったのではないかと思われます。
「休むも相場」「待つは仁」「恐怖に勝つ」
慈雲斉が言う買い時・売り時
慈雲斉の教えはここで到底すべてを書き尽くせませんが、
野も山もみな一面に弱気なら
阿呆(あほう)になりて米を買うべし
という歌は、いつの世になっても残るべき、最高傑作だと言えるのではないかと思います。
また、慈雲斉は「休むも相場」ということも言っています。
売り買いをせかず急がず待つは仁
とくの乗るまで待つも仁なり
これが“待つは仁”の法則です。
実際、投資の局面では「チャンス!」と思う場面があるものですが、その急ぐ気持ちこそ危ないものだ、と教えているものです。
分別も思案もいらぬ買い旬は
人の捨てたる米くずれなり
(人々が投げて相場が崩れた時は考えることはない、買い時である)
いつとても売り落城の高峠
恐いところを売るが極意ぞ
(売り方が観念して損を承知で買い戻してきたところは、恐いかも知らぬが売り時である)
と示しています。
相場の真理“天性理外の理”とは……
相場はどんな理由で動くのか?
慈雲斉は『三猿金泉秘録』の冒頭でも「天性(てんせい)理外の理」ということを言っています。
歌ごよみの中でも
「理と非との、なかにこもれる理外の理。米の高下の源(みなもと)と知れ」と言っています。
この“理外の理”こそ、慈雲斉の相場を見る基本姿勢です。
相場とは「理外の理」で動く。つまり、理屈ではないところの理屈、真理で動くようなものであり、天地宇宙の摂理にもとづいた、投資家にとって、まったく計り知れないようなところで動く。
下げ続けた後の陰の中には、上げるぺき陽を含み、また登りつめた陽の中には、下がるべき陰が含まれている。
素直な態度で、上げすぎたときには身を引き、下げすぎたときには買いを考えることこそ相場において成功する秘訣である、
ということなのです。
慈雲斉は相場師であり、他の科学や心理的な分野でもかなりハイレベルな知識と知見を持っており、儒教から自然科学まで精通した知識人であったことがうかがえます。