第3回
「オマエの命は何だよ?」と訊かれて、 すぐに答えが出てきますか
古い話になってしまいますが、30年ほど前、北陸の老舗のカマボコ屋さんに取材に行った時のことです。
江戸時代に創業したという、そのカマボコ屋のおやじさんは、会ったとたんに
「オマエの“命(いのち)”は何だよ?」
と、言ったのです。
いつも“問いかけ”から始まる
「いいか。カマボコの命は“鮮度”なんだよ! この鮮度の大敵は温度で、もし温度10度C以上のところに、15分も放置されてしまったら、鮮度はすっかり落ちてしまい、カマボコはダメになってしまうんだ。命が消えてなくなっちまうんだ!」
もう70歳は過ぎていると思われるカマボコ屋のご主人は、少し荒っぽい口調で話し始めました。
横にいたおかみさんが、
「この人は、商売をする相手でも、こんな取材を受ける時でも、すぐ訊くんですよ。『オマエの命は何か?』ってね。ほんとに困っちゃうんですよね」とフォローしてくれました。
「週刊誌の取材だって聞いてるけど、週刊誌の“命”ってのは何なんだよ? 記者さんの“命”ってのは何なんだよ?」
恥ずかしいことでしたが、私はすぐに答えが出ませんでした。突然、“命(いのち)”と問われて、ただ、戸惑うばかりだったのです。
もともと、この老舗のカマボコ会社に取材に伺ったきっかけは、当時、ほかではやっていなかった「カマボコの通信販売をしている」と聞いたことからでした。
何しろ、インターネットも普及していなかった時代です。まして、鮮度を大事にしているカマボコを届けるといっても、“クール宅急便”などの冷凍・冷蔵配送がやっと全国規模で整いはじめた時代です。
商品とともにお客さんに送っていたもの
福井や富山など北陸地方で製造されているカマボコは、冠婚葬祭の際の記念品などにも使われる高級品で、原料の白身魚、攪拌、蒸し加熱などすべての工程で高い技術が求められ、製造されています。下に板のない「巻きカマボコ」もありますし、富山などでは、鯛などの縁起物をかたどった、華やかな「飾りカマボコ・細工カマボコ」なども見られます。
「みんなで、こだわり抜いたカマボコの味を、できるだけ多くに人に知ってもらいたい」という思いで始めたのが、このカマボコの通販だったのです。
ネット注文などはありませんから、FAXで注文を受け、クール便で地方へ配送するのですが、「大体は、3000円ぐらいの商品が中心だね」
ただ、このカマボコ屋もオヤジさんは、地元のエレクトロ二クス・メーカーに委託して作ってもらった“温度記録センサー”のチップ(大きさは親指大のモノ)を、商品と一緒に入れて、返信用封筒まで入れて、注文主のところまで送っていたのです。
温度の変化を記録していくセンサーは、それだけでも値段が1個3500円程度するものだったそうなので、通販といってもほとんどが赤字です。
お客さんのところから、返信用封筒に入って帰ってきた温度記録センサーを、オヤジさんは、ひとつひとつ念入りにチェックしていきます。
いろいろな運送会社が、“冷蔵便”を導入していましたが、その配送の途中では、仕分けをしたり、荷物の移し替えがあります。お客さんのところから返ってきた“温度記録センサー”にはカマボコがどんな状況で運ばれていったのか、配送の過程でどのような状況に置かれていたのかを、推測させるものでした。
「カマボコの命ってのは鮮度なんだ。晴れた日の日光にさらされたり、10度以上のところに10分も置かれていたら、もう商品とは言えなくなっちゃう。だから、通販の商売をするなら、温度管理がしっかりやっているところを選ばなきゃいけない」
「もっとも、どこでも鮮度が保たれないようなら、カマボコの通信販売なんかやっちゃいけない!」
商売の損得勘定よりも大切にすべきもの
オヤジさんは精魂込めて作っている自分たちのカマボコの、「そのおいしさを、ちゃんと届けられなきゃ商売じゃない。お代はいただけないんだ。だから、赤字になるからといっても、この調査はしっかりやっとかなきゃいけないんだ」と話します。
そこには「“命”ともいえる鮮度を守るためには、損得抜きでやらなきゃいけないことがある!」という矜持を見ることができました。
その当時、大手バンクの合併などが盛んに行われていて、システム障害で振り込みが正しく行われなかったりするという“事件”も起こっていました。
「だって銀行さんの“命”ってのは、決済を正しく行うことだろ。振り込んだはずのお金が相手に正しく届いていなかったり、預金をしたのに記録されなかったりしたら、それはもう銀行さんとは言えないよな」
オヤジさんの「オマエの“命”は何だよ?」という問いかけは、「商売を続けていくのなら、その命の部分だけは絶対に守っていかなきゃいけないんだ!」という教えだったのです。