ツタンカーメンの謎はどこまで解き明かされたのか(1)

─考古学ミステリーのスーパースターはいまだ健在!

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93万人以上を集めた「ツタンカーメン展(大阪)」

 

DNA鑑定で解明が進む少年ファラオの真実の姿とは?

この2012年7月16日まで、大阪の天保山特設ギャラリーで開催されていた『ツタンカーメン展―黄金の秘宝と少年王の真実』が、来場者総数93万3130人という記録を残して閉幕しました。

93万3130人という数字は、関西地区で行われた美術展としては史上第2位の記録なのです。ちなみに、歴代第1位というのは、いまから47年前の1965年に行われた『ツタンカーメン展(京都市美術館)』だったのですから、これで関西地区の第1位・第2位をツタンカーメン展が占めることとなったわけです。

今回の『ツタンカーメン展』では、有名な「黄金のマスク」が来ていないのは残念でしたが、ツタンカーメンの内臓が保管されていたという「黄金のカノポス」(高さ40センチくらい)をはじめ、腕のない「木製のツタンカーメン半身像」、金箔も鮮やかな祖父母「チュウヤの人型棺」など見どころとなっています。しかも、ここ5年ほどで、ツタンカーメンのミイラのDNA解析などが進み、これまで解き明かされることのなかった、いくつかのミステリーの答えが見つかりつつあることも、人気を呼んだ要因となっていました。

 

この8月4日からは会場を、東京・上野の森美術館に移して、開催されます。
ツタンカーメンは、歴史ファン、考古学ミステリー好きにとっては何物にも代えがたい、スーパースター的存在と言えるかもしれません。最新の科学が、そのいくつかの謎に迫ってきてはいますが、それでもなお、さらに深まっていく謎が出てきています。

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ツタンカーメンの内臓が収められていた、小さな「黄金のカノポス」

 

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「衣装選び」に使われていたとされるツタンカーメンの木製半身像

それでも残る多くの謎、ツタンカーメンの「母」は?

◆ツタンカーメンの父親は、宗教の改革を断行しようとしたアクエンアテン王(アメンホテプ4世)であることが判明しているが、母親は一体、誰なのか? 従来、有力視されていた「キヤ」ではなく、別の女性だとする鑑定がDNA分析で出てきているのだが…。

◆9歳の若さでファラオ(王)の座についたツタンカーメン。在位期間はわずか10年でした。古代エジプトとはいえ、19歳での死はあまりにも早すぎます。その死因は暗殺なのか、病死なのか?

◆ツタンカーメンの墓は、他のファラオの規模と比べると、極端に小規模なものだと言われています。しかし、そこに埋葬されていた王棺、副葬品などは極めて豪華・絢爛で、その装飾技術の水準は、現代でも解き明かせない謎を持っています。

◆古代エジプトの歴代ファラオの中に、ツタンカーメンの名前を見つけることはできません。「考古学史上、最大の発見」と言われる、ツタンカーメンの棺が派遣されるまでは「歴史上、存在しない王」であったのです。政争か、宗教上の理由なのか……。果たして、ツタンカーメンとは一体、どのような王であったのでしょうか?

◆そして、ツタンカーメンの王墓発掘に関わった人物が相次いで謎の死を遂げていること。果たして「ツタンカーメンの呪い」は本当なのでしょうか……?

現在、ツタンカーメン展に多くの人が集まるのは、いまのエジプトの国内情勢とは無縁ではありません。政治・社会情勢の混乱が続けば、ツタンカーメンをはじめとする歴史的遺産の海外での展示が不可能になる可能性は高く、また、場合によっては、文化財の「離散」という可能性も出てくるかもしれません。ミステリアスな王・ツタンカーメンに接することができる機会は、もしかしたらこれが最後になるかもしれません。

ツタンカーメンをテーマとする美術展は、日本だけでなく、ここ数年でも、スイス・バーゼル、ドイツ・ボン、英国・ロンドン、米国・ニューヨーク、豪州・メルボルンなどで開かれ、約1100万人以上の来場者を集めており、「特別な存在」であることを証明しています。

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