黄金の国・インカ帝国の興亡(4)

欲望によって閉じられた黄金帝国の歴史

「首都クスコへ!」、あくなき黄金への欲望

捕虜となってしまったインカ帝国の皇帝アタワルパは、
「もし、私を自由の身にしてくれるのならば、この部屋を黄金でいっぱいにして見せる」という取引を持ちかけ、スペイン軍のフランシスコ・ピサロはこの提案を受け入れます。

皇帝アタワルパは即座に何百人もの使者を各地に送り、貴族・僧侶・地方の長官はインカ皇帝の命ずるままに黄金をカハマルカの地に送ってきました。部屋いっぱいの黄金、それは金額にして約2億7000万ドル(約250億円)にも達していたといわれています。

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膨大な黄金を手に入れても、スペイン人の「欲」はとどまるところを知りません。
「首都クスコにはもっと多くの黄金が積まれているのだろう。もう、皇帝アタワルパに用はない!」
インカ帝国の皇帝アタワルパが約束を果たした代わりに得たものは「自由」ではなく、「絞首刑」という刑だったのです。

インカ帝国の崩壊

ピサロはクスコに進軍し、そこがまさに「黄金の街」であることを目の当たりにします。
ひとつひとつの建物の壁には黄金の板が張りめぐらされており、食器・装飾品はすべて金製で、庭には金で作られたトウモロコシ・草花・動物の像があふれていました。

中でも政治的・宗教的中心となっていた「太陽の神殿」は石壁の外側に黄金が貼られ、内部には金の延べ棒がはめ込まれ、主神殿、各聖堂はすべて黄金の板や銀の板で覆い尽くされていたのです。

金の亡者と化したスペイン人は黄金の略奪を繰り返し、建造物は次々と破壊されていきました。奪った金はすぐに溶かされ、延べ棒や金貨に作り変えられました。
金のまばゆい光に包まれていたインカ帝国は音をたてて崩壊への道を走り出したのです。

320兆円もの黄金がもたらしたもの

少数のスペイン人たちが多くの黄金を手にしてしまったために、ペルーでは猛烈な勢いで「インフレ」が進行してしまいます。
馬、紙、鉄製品、靴などが法外な値段で取引されるようになってしまい、「宝の持ち腐れ」現象が起こってしまったのです。

それでもスペイン人たちのあくなき欲望は収まりません。
「まだまだ金が隠されているはずだ!」
「どこかに金が眠っている」・・・。

その行く先に待っているのは、金の独り占めを狙う各人の思惑と、スペイン人同士の内紛です。
インカ帝国崩壊の「立役者」であるフランシスコ・ピサロもその例外ではありませんでした。

ピサロの大きすぎる分け前に対する不満が爆発し、1541年、リマに滞在していたピサロは対立する不満分子の一団に襲撃を受け、暗殺されてしまいます。

ピサロを追い落とし、総督に就いたアルマグロ派もすぐに次の勢力に攻撃を受け、さらに新たな総督も多くの反乱にさらされ、安穏の日々はありませんでした。

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かつてインカ帝国は320兆円もの黄金が眠る壮大な黄金帝国でした。
その金の輝きは世界中から侵略者をこの地へ呼び寄せることになり、ついにはその人々の限りない欲望によって滅びることになってしまったのです。

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