黄金の国・インカ帝国の興亡(2)

スペインの軍人・ピサロの執念

「黄金の地」へ、欲望の渦が広がる

多くの侵略者がインカ帝国の320兆円にも上るゴールドを狙っていました。

1429年、スペイン・イザベラ女王の援助を得て、多くのスペイン人を率いて大航海に出発したイタリア人コロンブスの目的も「はるかかなたにある黄金の国を見つけ出すこと」でした。
新大陸アメリカを発見したコロンブスはそこがインドであると思い込んでおり、そのため、彼は当時北米・南米に住んでいた先住民を「インディオ」と呼んだのです。

そのコロンブスの新大陸発見以降、「金」を求めて探検に挑む者が続々出現しました。当時、最も勢いのある国スペインからも事業家、賭博者、破産者、軍人、宣教者までものわれ先に南米の地に向かったのです。

スペインの軍人フランシスコ・ピサロもその一人でした。
南スペイン・トルヒョリ生まれのピサロは、24歳のときに軍団の船隊に加わり、大西洋を渡りパナマまでやってきました。
当時の南米大陸は西洋人にはまだ何もわかっていない状態で多くの謎に包まれていましたが、流行の騎士道精神にかぶれたスペイン人たちが求めたのはひたすら「黄金」でした。

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ただ、探検グループそのものが「欲にかられた集団」だったので、その秩序はなく、先々でインディオの反撃に遭っては離散し、食糧の欠乏、熱帯性の疫病に悩まされ、バラバラになっていったのです。

軍勢160余名で最期の挑戦に賭ける

その中で、ピサロは持ち前の統率力を発揮し、砦を築き、インディオの執拗な攻撃をかわし、虎視眈々とパナマから南下し、コロンビア、エクアドル、ペルーへ迫る探検の機をうかがっていました。

なにしろ、捕らえたインディオから入ってくる情報はどれもこれもピサロにとっては魅力的な話しばかりだったのです。
「南方にはインカという強大な黄金帝国がある」
「インカの首都クスコの太陽神殿は厚さ10センチ以上の金の延べ板ですべて覆われている」
「インカの皇帝は長さ250メートル、重さ2トンにもなる金の鎖(時価換算で約64億円)を持っている」・・・・。
ピサロの胸にメラメラと欲望の火が燃え上がります。目の前にいる、帆船に乗っていた20人ほどのインディオが皆、金銀の装飾品を身に着けていたのですから…。

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軍勢160人で、最期の挑戦に賭ける

ピサロは戦隊を率いて何度も探検を試みます。
しかし、そのたびに行く手を阻むものは、南米独特の高温多湿の気候、害虫、食糧不足、インディオの攻撃でした。多くの侵略者がそのカベに打ち負かされていました。

最後にピサロに残ったのはわずか164名の兵と数10頭の馬でした。
1531年、すでに50歳を超えていたピサロは最後の賭けに出ます。
軍団を3隻の船に分乗させ、コロンビアには上陸せず、一気にエクアドルの港に上陸。征服の意図を隠すため、途中の略奪を行なわずに相手を油断させ、一気にインカ帝国の第13代皇帝・アタワルパのもとへ迫ろうというものです。

ピサロ軍はわずか160余名。それに対してインカ帝国・アタワルパの軍勢は3万名以上にのぼっていました。

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