「望みを持ちましょう。でも望みは多すぎてはいけません」

モーツァルト

(1756年1月27日生まれ)

「神童」と呼ばれ
35年間の短い生涯に700曲以上を生み出す

オペラ「フィガロの結婚」「魔笛」「ドン・ジョバンンニ」や交響曲「ジュピター」「アイネ・クライネ・ナハトムジ―ク」などの作曲で知られるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、1756年1月27日に、オーストリアのザルツブルグに生まれています。

モーツァルトは音楽家だった父の血を受け継ぎ、生まれる何ヶ月も前から両親がピアノとヴァイオリンを聴かせていたという胎教の効果もあってか、幼少のころから並外れた「絶対音感」を発揮し、5歳のときに最初の作曲「アンダンテ ハ長調」をし、一度聴いた曲を即興で演奏して見せていたのです。
父はこの「神童」の息子をつれてヨーロッパ各地の王侯貴族の下を訪れ、ロンドン、パリ、ブリュッセルなどの宮殿、貴族のサロンでモーツアルトに天才的な演奏を披露させたのです。

15歳のとき、ローマのシスティーナ礼拝堂で「門外不出の秘曲」とされていたドメニコ・アッレーグリの9声曲「ミゼレーレ」を聴いたモーツァルトは、それを暗譜で書き記し、周囲を驚かせました。

25歳のときには、父の呪縛からも逃れ、独立。作曲家の道を歩き始めますが、すでにこのときまでに350もの作品を生み出していたのです。

モーツアルトは35歳の短い生涯の中で実に700曲にも及ぶ作品を残しています。オペラ、交響曲から室内楽、協奏曲、教会音楽、管弦楽曲、舞曲など幅広く、ドラマチックでファンタジック、「天使的」とも、感動的とも評されています。

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天才音楽家の「謎の死」と
「セラピー効果」

その一方で、晩年のモーツァルトには多くの「謎」も残されています。死ぬ直前の3年間で莫大な借金を抱えこんでいること。死の直前に自ら「どうやら毒を盛られたらしい…」と語っていること。とりわけ当時の宮廷音楽家であったサリエリとの確執は、映画「アマデウス」にも描かれています。

1791年12月5日、モーツアルトは35歳で寂しい死を迎えます。みぞれ交じりの冷たい雨の降るなか、モーツアルトの遺体はその日のうちにウィーン郊外の共同墓地に埋葬され、墓碑さえ立てられなかったために、正確な埋葬場所はわかっていません。同じ時代を生きた作曲家シューベルトやベートーヴェンが立派な墓所に埋葬されたのとは対照的です。

ただ、オーストリア・ザルツブルグにある「国際モーツァルテウム財団」には、約190通のモーツァルトの手紙が残されています。

「望みを持ちましょう。でも、望みは多すぎてはいけません」(モーツァルトの手紙より)

現在、モーツァルトの音楽は「リラクゼーション」や「集中力を高める効果」があるとされ、セラピーの世界では「モーツァルト効果」という言葉があるほどです。米国や日本でもモーツァルトのセラピーミュージックCDは200万枚以上の販売を記録しています。
また、乳牛の育成や果実の熟成でも、その過程でモーツァルトの音楽を流すと効果があるそうです。

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